「歴史の流れの中の言葉」カテゴリーアーカイブ

全然

「全然」

この言葉、私が子供の頃は、否定的に使う言葉でした。

・全然知らない。

・全然気づかない。 など。

 

ネットで調べてみても

《後に打消しの言い方や否定的な意味の表現を伴って》

と、説明してある。

 

それが、最近では、肯定的にも使うようになってきた。

「これ、好き?」

「全然、大好きですよ」

なんて感じで。

 

多分、最初は使い方が間違っていることをちゃんと認識しながら言っていたと思われるが、

今では、普通に会話に入ってくる。

 

こうやって、言葉は崩れていくんだ・・・

なんて思うけど、一つの言葉を突き詰めて調べていくと、もともとはこんな意味を持っていたが、

後にこの部分だけを指すようになった・・・みたいな説明がしてある場合がある。

 

全然という言葉も、そうなるんでしょう。

100%否定の言葉として使っていたが、後に強調に使われるようになる。

なんて。

ことばの不思議

言葉が生まれたのは、いつなのかな?と考えると、猿から人間へ変わった時って
いつなんだろう。。。と思う。
猿も、勿論コミュニケーションしてるけど、言葉を話している訳じゃない。

 

言葉は、人間だけのもの。あ、笑顔も。

 

どういう変化が起きて、言葉を発見したんだろう?

 

どうやってか発見した言葉を、人は話し続け、場所に寄っては変化しながら
今では、すべての人が言葉を使って話をしている。

 

未開の人たちの中には、「一、二、三、たくさん」という数え方をする人たちもいるらしい。
四以上は、きっと必要なかったんでしょう。

 

言葉はどんどん変化していく。

 

今、世界を席巻きしているインド・ヨーロッパ語族は、ある説では比較的新しい言語で、孤島のようになってしまった日本語や朝鮮語は、もっと古い言葉かもしれないと言われている。

 

古い新しいは、どうでもいいけど、どの言葉にも言える事は、現代の言葉と百年前の言葉では、なかなか大きな違いが有るってこと。
百年は、とりあえずの年数。
日本は島国で、他国からの流入がほとんど無かったにも関わらず。

 

だって、例えば夏目漱石の小説。今と同じ感覚で読めるか?と言えば、読めない。
何気に、「てにをは」の使い方が違うんじゃないの?なんて思うし、家の造りなんかが昔とは違うので、家のどんな部分を説明しているのか分からないとか。

 

さて、問題。
「鉢の開いた頭」とは?

 

さらに
「この兄はやに色が白くって」
って、どこで切るんだ?

 

こんな調子で、少し前の小説も意味不明な文章が出てくる。

 

文字とともに、言葉もどんどん変化していく。
今では、英語まじりの日本語を言う事も多い。
勿論、英語を話す人たちには通じない日本語英語だけど。

 

漢字が入ってくるまで文字を持っていなかったのかどうかは不明として、
漢字が入って来てから、日本語は漢字ばかりで文章を書くようになり、
分かりづらいから平仮名とカタカナを発明し、今では三つの文字が入り交じる文章に。

 

言葉の変化を促すのは、どんな国でもどんな時代でも若者たち。
若者たちが、自分たちなりの新しい言葉を使うようになり、使い勝手のいい言葉だけが残っていく。
ところてんみたいに、若者たちは次から次へと言葉を発明していく。

 

普段、誰もが使っている言葉が、刻々と変化していく事に、人って何気についていく順応性の高い動物です。

言葉の伝達方法

昔は、漢字を速く書くために、草書体というものを創り出した。

良く、「達筆」なんて言うけど、読めたためしがない。

これって、省略方法が人によって違ったりするので、どの字がどのように省略されているのか、文字の形を覚える必要があるらしい。

 

結構、面倒なものだったんですね。

 

で、現代。

 

モノを伝達する場合、メールとか、LINEとかが主流の時代。

私は、iPhoneを使ってますが、文字入力はこんな感じですよね。

input

文字を打とうとすると、文字入力のための画面になります。

同じ文字を何回か打つことによって、文字を入力していくのが「トグル入力法」と言われていて、今までのガラケーの携帯で使われてました。

これとは別に、フリック入力と言うのがあります。

 

場所を覚えてしまえば、これってすごく簡単!

flick

あ行にタッチして、指を上にスライドさせるか、右か左か下か・・・で、入力の文字が決まります。

 

パソコンだと、ローマ字打ちをするか、カナ打ちをするか。

私はローマ字打ち。

・・・ほとんどの人が、ローマ字打ちだと思いますが。

 

そうして、最近では、漢字が分からなくても、自動で変換してくれるので、それらしい漢字を選べば文章の出来上がりです。

便利な世の中になりました(^^)

慣れてしまえばLINEも同じ

電話があまり好きではない理由の一つが、楽しく話していたのに電話を切ると途端に手持無沙汰になる事。
勿論、相手にもよるけれど。

 

LINEの良い所は、いつ見ても良い事。返信がいつでも良い事。というように「受けての勝手」が成り立つ所。
電話も、「出ない」という選択肢はあるけれど、どんな内容かは、電話を取らないと分からない。
でも、LINEは要件が分かるし、既読にはなるから読んだ事が相手に伝わる。だからと言って、返事は、自分の都合のいい時間に打てばいい。

 

返事を急いでいる場合は、既読になってるのになんで返事してくれないの? とイラっとすることもあるけれど。
中高生ではないので、既読になっていて返事がないからと、仲間外れにしたり、喧嘩したり・・・と言った事は皆無。
かなり便利に使わせていただいている。

 

ただ、最近・・・・
電話と同じで相手によるけれど・・・・
LINEで会話していたのに、急に途切れたり、変な所で返信がなかったり・・・・。
って事になると、「電話を切ると途端に手持無沙汰になる」以上に、気持ちが中途半端になるし、相手の事が気にかかる。

 

一応、電話の場合は、切るね・・・という挨拶があって切るけれど、LINEの途切れ方って、電話が途中でぷつっと切れたような感じになるから。
ある意味、電話より始末が悪い。

 

と言う訳で、時代が変わり、通信手段が変わっても、人の気持ちはそうそう媒体のように変化はしてくれない。

文字は消えない

言葉が生まれてから、それを記憶するために。また、記録していくために使われるようになったのが文字。
文字を持たない民族もあるので、漢字が入ってくる前の日本に文字があったかどうかは不明ですが、文字があって、ほんと便利。
日本の場合は、漢字を発明してくれた中国に感謝ですね。

まあ、日本語と融合してくために、一つの漢字に音読みと訓読みが出来てしまい、漢字では難しいので平仮名とカタカナが生まれ、ちょっと複雑な文字形態になってしまいましたが。

人の気持ちや、物事の伝達に、昔は手紙が使われていました。
それが、電話を使うようになり、今では電話機を使ってLINEの時代です。話す電話より、文字を使っているので手紙の方が近いんでしょうかね?

LINEはアプリの一つなんですが、日本では一つの文化になってます。

原始の時代には石に彫られていた文字も、パピルスへ書くようになり、紙となり、今ではタブレットとかスマホとかパソコンとか電子の時代となりました。
自分の手で書くって感じはかなりなくなってきました。

字が下手なので、出来れば何でもパソコンで作ってしまいたい私です。

大きく歴史を考えると、媒体は変わっても、文字は消えません。

ただ、もっと先の長いスパンで考えると、日本語だって、いつ使われなくなるか分かりません。
マヤ文字は、およそ16世紀まで使われていた文字ですが、まだ完全に解読はされてません。

いつだったか、原子力発電で出る核のゴミをどうするのかという番組で、何万年も地下に保管しなければならないが、1000年も経てば、今話されている言葉とは違う言葉が話され、違う文字が使われている可能性が高い。現代人が、責任を持って保管出来るのは、100年ほどだろう・・・と言うような内容でした。

核のゴミの問題は、今回は置いておいて、やはり言葉も文字も死滅するのは、必至。
長い人類の歴史の中で、いったいいくつの言葉や文字が生まれては消えていったのでしょうね?

タブレットの普及で

スマートフォンの普及はかなりのものですが、年代を越えて重要があるのは、タブレット?

何より、スマホより大きい!

と言う事は、年配の人でも見える!

だいたい、最近のスマホは大型化の傾向にありますから・・・・。

その内、垣根が無くなったりしてね。

 

タブレットの良さは、手軽な事。

一つあれば、本が読める。メモも賭ける。そのメモも、アプリがたくさんあるから自分に使い勝手のいいものが選べる。

Lineも出来る。

スマホより大きいから、ブログなんかも書きやすい。

 

紙の良さを考えてみると・・・。

質感?

本なんかだと、その表紙の手触りとか、持った重みとか。

メモを何枚もj書いて、好きな順に並べて見るtこともできる。タブレットだと、並べられないメモもあるし、何枚も並べると画面の中で小さくなって、ある意味イライラする。

 

まあ、紙は資源だから、あまり使わなくなった方が良いに決まってる。

紙とタブレットが混在する現代だから起こる現象も、いずれ無くなってしまうんでしょうね~。

LINEを使うようになって

LINEを使うようになって、めっきり電話する機会が減った。
どれだけ話すのが嫌いなんだ?
なんて思うけど、会うと話続けるから、話すのが嫌になったわけではないらしい。

 

電話の嫌な部分は、話している最中は楽しいけど、電話を切ると途端に手持無沙汰になること。
それに、いきなり掛ってくるから、都合良く出られない場合もあるし、嫌々出ることもある。
利点は、直接話すので、伝えるのに時間がかからない。

line-img

LINEだと、既読になれば伝わったと思う。

既読になって返事がなくても問題ないけど、急いでいる時はちょっといらつく。

でも、それは電話しても相手が出られないのと同じだし・・・・。

 

LINEの良さは、簡単な事。チャットと同じだから、話をしているのと変わらない。ちょっと打つのに時間がかかる可能性があることくらいが問題?
スタンプとかも多いから、それだけで気持ちが伝えられる。反面、腹が立っているのににっこりマークの場合はあるから、要注意。
と言っても、それも、腹を立てていても何食わぬ顔で話をしている事と同じようなもの。

 

気軽だし、スピーディだし・・・・。

 

昔は、通信手段と言えば、手紙。
そこへ電話が加わって、画期的な通信手段として普及。
今は、携帯電話へと変化し、最近では固定電話を持たない人も多くいる。

 

さて、さて・・・・・

今後、LINEがあるから、通話機能は必要ない?