ネット上に「I am Kenji」の文字が溢れる。
犠牲者の死を悼み、どんなに悲しんだとしても
相手を憎むのはやめよう。
憎しみの連鎖の先にあるのは、報復、殺戮、虐殺・・・・・。
では、我々は、そうだからと言って、
自分たちの主義主張の為に、人を誘拐し、さらに武器資金源となる身代金を要求され、
甘んじて、この状況を受け入れなければならないのか?
テロには屈しない。
勇ましい言葉が飛び交うが、なんの術も持たず、身代金も払えず、
心ある人々の命が、やすやすと彼らの手に落ちていく。
心の根にあるもの。
それは、憎しみ。
悲しみが憎しみへと変わり、憎しみが復讐を実行に移させる。
復讐を受けた者の心には、大きいな悲しみが残り、それは憎しみとなり、復讐へと駆り立てる。
どこが始まりなのか分からない憎しみの連鎖。
与えられた大きすぎる悲しみを、誰なら憎しみに変えることなく平和へと繋げていけるだろう?
人に心がある限り、受けた悲しみは憎しみへと変わってしまうのか?
誰もがいつでも、殺人者になれると、歴史は証明するのだろうか?